「別府輝彦先生のご逝去を悼む」


 本研究会の名誉会員 別府輝彦先生が去る11月10日に89歳でご逝去されました。昨年の飯村先生に引き続き、名誉会員でありわが国の応用微生物学にとどまらず微生物学全般にわたる研究を先導していただいた別府先生がお亡くなりになったのは本研究会としても本当に残念でなりません。別府先生のご業績や科学界におけるご貢献はここで記す必要はないことだと思いますが、ご存知のように、昨年は発酵醸造学分野では恩師の坂口謹一郎先生が1964年に受賞した後の初めての文化勲章を受章され、私たちの心に大きな喜びと勇気を与えてくださったのは記憶に新しいことでした。別府先生のご業績等については文化勲章受章時に掲載された化学と生物や私が執筆した日本醸造協会誌の拙文を参照していただきたいと思いますが、別府先生の糸状菌との付き合いは先生の卒論から博士論文までのアオカビのアロイソクエン酸生産の発見とその生合成過程の解明に始まります。博士号取得後に助手になられた後は大腸菌の生産するコリシンの研究に加え、わが国において初めて遺伝子組換え研究に着手され、その後のわが国のバクテリアから糸状菌までのほとんど全ての微生物学研究を強くリードされたのはご存知の通りです。したがって、ここでは糸状菌遺伝子研究会における別府先生のご貢献や思い出を記すことで先生の在りし日を偲びご冥福をお祈りすることといたしたいと思います。

 ホームページの私の挨拶にもありますように、本研究会は田村學造先生と秋山裕一先生の肝いりで設立されたのですが、田村先生と秋山先生は別府先生と当時東大から長岡技術科学大に移られた矢野圭司先生にも相談され、このような研究会が必要との気持ちを強くされて設立に至った次第です。そのような経緯があったというだけではありませんが、1990年の第1回の糸状菌遺伝子研究会の例会では最初に別府先生による基調講演がなされました。また、2015年の糸状菌遺伝子研究会25周年記念講演会では特別講演を行っていただくとともに、感謝状の贈呈とともに名誉会員に推戴させていただきました。さらに、設立当初から運営委員をお務めいただき、研究会の運営に大変ご協力いただきました。特に講演候補者の選定に関しては、私たちが把握することができなかった候補者を提案していただき、その方々が全て素晴らしい内容の講演をされるのを拝聴して、あらためて別府先生の幅広い知識と慧眼に感服するばかりでした。一方、例会での講演に対しては暖かい言葉をかけていただくと同時に含蓄と示唆に富んだ質問をされ、講演者の方々に新たな気づきを与えられることも多くありました。ここ数年は新型コロナウイルス感染症のため、例会のオンライン開催が続きましたが、一昨年から例会も対面で開催できるようになり、今年の6月16日の例会にも元気なお姿で出席され、「なかなか面白い講演が多いね」とおっしゃって講演を楽しまれておられました。しかし、この2,3週間後に体調を崩されたとのことを後に聞き、まさかそこまで体調が悪くなっておられたのかと驚きを禁じ得ませんでした。別府先生にはまだまだお元気で研究会に出席され、私たちを激励していただきたかったのですが、それが叶わなくなってしまったのは痛恨の極みです。しかし、このように嘆いてばかりでは別府先生に叱られるだけでしょうから、私たちは糸状菌の遺伝子関連研究をさらに推進していくことの誓いを新たにすることが別府先生の教えに報いることになるのだと思います。

 別府先生は常々「わが国にはアメリカ微生物学会(American Society for Microbiology)のように微生物学全般を束ねる学会がないのが課題である」とおっしゃっておりました。糸状菌遺伝子研究会は糸状菌という微生物が対象で、それだけでは狭い微生物の領域ということになりますので、微生物全般を束ねる学会になるというわけではありませんが、基礎から応用にわたって幅広い糸状菌を扱うことにより、研究会として糸状菌全般を束ねられるようになることも先生の言葉の意味を考えると重要なのかと思うところです。

 別府先生のこれまでの研究会に対する多大なご貢献に厚く感謝申し上げますとともに、心から哀悼の意を表します。本当にありがとうございました。

糸状菌遺伝子研究会 会長 五味勝也



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